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2008年5月 5日 (月)

闘牛と捕鯨

闘牛士が、闘牛と捕鯨を同一視していましたが、それは必ずしも正しくない。

闘牛は、娯楽、見世物がメイン

捕鯨は、食がメイン

捕鯨を正当化するには、この差異を明確化する必要があるのでは?

例えば、食べるための家畜を殺すシーンは通常は一般に公開しない。捕鯨も同様。

でも、闘牛は広く見せることが目的。

だから、差異がある・・・

青柳洋介

追伸:

捕鯨は、食文化。

闘牛は、娯楽文化。

だから、ボクシングの亀田問題は後者にあたる。

衣食住のほうが、娯楽より、必要度が高い、と思う。

衣食住は、基本的人権(生存権?)のようなもの? 娯楽は必ずしもそうではないと思いますが・・・

娯楽は衣食住に余裕がある時に初めて成立するのでは? 要するに優先順位の問題なのでは?

健康で文化的生活の中では、食文化>娯楽文化 なのでは?

食文化に対する規制は、安全性が第一。
娯楽文化に対する規制は、暴力シーンの規制もある。
暴力シーンの規制は、ある意味において、社会的な安全性も高めるのでは?
表現の自由の問題については、暴力の悲惨さを告発するような場合には、必ずしも規制を受けない?
戦争などで、悲惨な状況に陥っているシーンなどは、場合によっては、積極的に告発すべき?
つまり、生存権を脅かされている、あるいは無視されている場合は、告発すべきだと思いますが・・・

今まで、見た写真で一番印象深いのは、ベトナム戦争のときに、裸の少女が泣きながら走っている、あの写真ですが・・・

報道関係者なら、ご存知のはず・・・
だから、合法的な戦争でも、軍人が人を殺せば、人殺しが飯のタネ、その軍人の子供は、「人殺しの子供」ですが・・・ そういう人たちは、「地獄へ行きます」。他の人の子供を殺して、自分の子供を育てる。
あなたの子供は、ダミアンの仲間・・・ つまり、悪魔の子供ですが・・・
「テロとの戦い」を表明していた人たちの子供もダミアンの子供? じゃないの?

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